境界線


心臓が止まるかと思った。

たかがキスだ。そんな気持ちと、それでもキスだ。という気持ちが激しく衝突した。

何で動揺してるんだ、私。
三十過ぎた女が、こんな軽いキス一つで動揺してどうするんだ。

大人な対応をしようとしてもうまく頭が働かず、私は高橋に腕を捕まれたまま硬直した。高橋はぱっとした笑顔で私を覗き込む。

「…部長?」

何で高橋はこんなに普通な顔をしているのだろうか。一人の女にキスをして、男はこんなに平気な顔をしていられるのだろうか。

「もしかして初めてでしたか?」
「そんなわけないでしょ。私三十過ぎてるのよ」
「ですよね。失礼しました」

高橋はまたあどけない笑顔で頭を掻いた。私は呆然としたまま何も話せなかった。

「あ!終電が無くなってしまいました」

高橋の発言でふと我に帰る。
まさか後輩のペースに乗せられるとは思ってもみなかった。

悔しいような、困惑した感情が胸にうずまく。対照的に脳天気に終電の話を始める高橋にも少し苛立った。