兄上は語り終えると、再び煙管をくわえた。

拙者は正座したまま、硬直する。


「兄上…その、話は…」

「…そうだ、十年程前の、お前と春之助の話だ」


やはり…拙者は唇を噛み締めた。

夜叉丸と出会ったばかりの頃、拙者と歳はさほど変わらぬ村娘がきた。

拙者へ愛を告げて、この村に留まって欲しい…確か、そう言われた筈。


「しかし、それでは春之助の逆恨みではござらぬか!」

「春之助にとって、やり場のない怒りをぶつける相手がお前しか見当たらなかったのだろう。あいつにとって、あの村娘が初恋の相手だったのだ…」


そうか…だから、あの様に拙者を忌み嫌うのか…。

理由を問うても答えぬ故に、全くわからなかったが…まさかあの村娘が絡んでいたとは…。


「霧助…一つ言っておくが、お前は何も悪いこと等やっていない。むしろ、あの時断っておかなければならなかった」

「…しかし」

「忍が色に染まる事は禁忌だ。里を出て忍として動いていたあの頃、春之助にはまだよく理解出来ていなかったのやも知れぬが…お前は違う」

「…………」

「今の春之助も、忍の禁忌についてはもう知っている筈…それでも、あいつは素直になれんのだ」


色恋は忍の禁忌…それはわかっておる。

しかし、春之助が今でも拙者を殺めようと狙うのは、あの村娘を本当に愛していたからこそなのだろう。


「霧助、春之助を理解してやってくれ。あいつはもう、お前を否定しないと立っていられない程に弱っている」

「過去に囚われているのでござるか?」

「あぁ…いつまでも村娘の幻影を追い求め、お前を殺そうと付け狙う。あいつが目をさますまで、今しばらく辛抱してくれ」

「…了承致した」



拙者は重蔵と宿屋から出て、屋敷へ戻った。

心配して声を掛けてくる重蔵に、拙者は生返事で部屋へ入る。



……春之助…すまぬ。



口内の呟きは、儚く消えた。