あの海で起きた事故から、幾日か経った。

拙者は、いつものように執務を進める。


「…重蔵か、入れ」

「はっ、失礼致します」


慣れた気配に声を掛けると、見知った部下が部屋に入った。

筆を置いて一先ず執務を中断すると、膝をついて頭を垂れる一人の忍。

竹柴重蔵(たけしば じゅうぞう)、拙者の忍隊の小頭である。


「組頭、報告が御座います」
「何だ、申せ」

「雷雨の雨之丸が、近くの城下町で目撃されました」
「…!兄上が…?」

「はい、宿にて薬を売っている模様です」
「そうか…あの兄は放浪癖があるでござるからなぁ…おそらく長くは留まらぬでござろう」


ふらふらと覚束無い性格が、彼を放浪者へと変えたのか…。

拙者はふと、あの海での出来事を思い出した。

今、拙者がこうして息をしていられるのも、全てあの時拙者を助けた兄上のおかげ…。

そう思うと、なんだか逢いとうなった。

仕事柄、どうしても逢う事は避けられぬのでござるが、こう非番の日に逢うのは中々なかったでござるな。


「…重蔵」
「はっ」

「兄上のいる宿へ案内するでござる」

「はっ、案内つかまつる」


拙者は重蔵と共に、城下町へ向かった。

中々評判の良い宿に通され、拙者はキョロキョロと辺りを視察。


重蔵と特に会話する事もなく、その部屋へ着いた。

物音はしない、しかし…嗅ぎ慣れない臭いがする。


「失礼致しまする」


眺めの良い二階の部屋に、その男はいた。

煙管をくわえ、窓辺に寄り掛かって座る兄上が、拙者を見て紫煙を吐き出した。


「久しいな、霧助」