月明かりに照らされた、静かな廊下…。
拙者はいつもの癖で音もなく歩く。

幸姫の部屋…あの時、言い争った場所。

鼻をすする泣き声が、障子越しに聴こえる。
いてもたってもいられなかった拙者は、障子の前にひざまずき、声を掛けた。


「幸姫、拙者でござる」


―――スパンッ!!


目の前の障子が、勢いよく開いた。

顔を上げると、目元を腫らし顔を真っ赤にさせた幸姫がいた。


「…きりすけ…?」
「左様にござりまする」

「うっ、うっ…きりすけぇぇぇ!!」


拙者の苦笑いを見て、幸姫は泣きじゃくりながら抱き付いてきた。
まるで幼い子供のように、しがみついて離れない。


「ごめん、ごめんねえぇぇ!!ゴホッ…ごめんねぇ!ゲホッ、うぅーっ!!」
「幸姫…もう良いのでござる。拙者も大人気のうござりました」
「うぅぅ…グスッ…」
「どうか、拙者を許しては下さらぬか?」


拙者は幸姫の涙で濡れた手をを握り締め、己の頬に当てがった。
温かく、どこまでも柔らかな小さき手を…。


「うん…グスッ、仲直り…だね」


幸姫は涙と鼻水でぐじゃぐじゃの笑顔をみせた。

…あぁ、そうでござるな。
どんなに着飾った遊女より、幸姫のその無邪気な笑顔が、拙者には最高の褒美なのだ。

たとえ、化粧等ない、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔でも、笑顔であれば美しい。

幸姫には、笑顔に勝る化粧なし…でござるな。


「幸姫…」
「なに…」


――――ちゅ。



「………え?」

「良い夢を、それでは失礼致す」

「えっ、え?えぇぇぇ!?き、霧助!?」
「あーあー、何も聞こえないでござるー」
「もぉー!!」


顔を真っ赤にして背中を叩く幸姫に、拙者は爆笑しながら部屋に戻った。