「いらっしゃい!ゆっくり見ていっとくれ!」


櫛屋の割りに威勢のよい店主だ。
色とりどり並ぶ美しい櫛を見て、キャッキャッと騒ぐ幸姫。

拙者は櫛に興味はない。
店の奥の、幸姫の様子が監視できる位置で腕をくみ、壁に寄りかかった。


「…やれやれでござる」


ようやく一息つけた。
やはり幸姫も女子、沢山並ぶ美しい櫛には目を奪われよう。


「…旦那、あんたあの子と恋掛けかい?」
「ぶっ!!な、何を申すか!?」


突然忍び寄ってきたと思えば、店主はとんでもない事を訊いてきた。

拙者が幸姫と恋掛け…?
冗談も大概にして頂きたい、こっちは半ば強制的に連れ出されたと申すのに。


「ここは、あの子に櫛の一つでも買ってやりな!」
「ふん、なるほどそういう事か…商売上手よ」


この店主、己の店の櫛を拙者に買わせる魂胆か…。
威勢のよい性格だからこそ出来る事でござるな。


「あの方に物を買い与える事は、図に乗らせる事に繋がる」
「固いこと言いなさんな、今日位は甘やかしてやんな!」
「"今日位"!?あのお転婆は毎日のように甘えたでござるよ!」
「可愛いじゃないか」
「診眼屋に行かれる事をお薦め致す。…いや、幸姫は性格がアレだから眼ではござらぬな…」


ちら、と幸姫を見れば、簪を己の頭に着けてみてはしゃいでおる。
目で愛でる分には愛らしい容姿だが、付き合うとなると大変でござろうな。


「旦那、あの子は旦那との旅の思い出が欲しいんだよ」
「何をぬかすか……」


…いや、しかし。

着物屋でのあの拗ね様…もしや、本当に拙者との旅の思い出が欲しかったのか?

だとすれば、着物等高価な物でなく、最初から櫛や簪といった手頃な物にして頂きたい。


「……はぁー…店主、橙色の斑点模様の櫛はござらぬか?」


懐から財布を取り出しながらそう拙者が申すと、店主は満面の笑みで手を合わせた。


「へい、まいどあり!」