first


10秒間くらいのものだった。

でも俺にとっては長い遠い時間のように思えてならなかった。

な、何か話しかけたい…。

俺に気付いてほしい。

そこまで考えるともう我慢ができなくて、俺は躊躇いがちに声をかけた。


「あ、あの…」


彼女は、驚いた様子もなく、ゆっくりとこちらを振り返った。

髪と同じくらいきれいな黒い瞳。

その瞳を軽く瞠らせた。


「人がいたんだ。ごめんね、全然気づかなかった」


眉尻を下げ、すまなそうに笑う。

さっきまでの消えそうな雰囲気はもうなかったが、意味も分からない俺の全身の緊張は途切れることがなかった。


「いや、ここ広いし、結構死角とかも多いし、だから…」


って、何をだらだらと話してんだ!俺は!

何で人と話すだけでこんなに緊張してんだよ。意味が分からないんだけど!?俺!?


「えっと…君、結構ど真ん中に寝そべってたから死角も何もないと思うんだけど…」


ぬあーーーーーーー!俺のアホーーーーーーーーーー!

プチパニックを起こしている俺を数秒間見つめたあと、ぷっと吹き出しておかしそうに笑う。

その笑顔がまた新鮮で、なぜだか頬が染まった。


「あははっ、おもしろいね、君。1人で百面相してたら、私どうしたらいいか分からないじゃない」


「べ、別に百面相したくてしたわけじゃねーし!」


照れ隠しで声が大きくなる。

そんな俺を見てまた小さく笑った。

何て名前だろう。

何年かな。

部活とかしてんのかな。

聞きたいことはたくさんあるのに、口は閉じたまま動いてくれない。

もどかしくて、でも恥ずかしくて。

そんなことを聞いて俺のこと変に思わないかなとか、相手がどう思ってくれてるのかが気になってしょうがない。

彼女は再びグラウンドの方を向いて、屋上には沈黙が訪れた。

何かないかと言葉を探しあぐねていたら、歌が聞こえた。

きれいな歌。澄んだ歌。

風に消え入りそうなほど小さい声だったのに、俺の耳には鮮明に聞こえてきた。