「はぁ……」
「おいおい、ため息なんかつくなよ」

 ため息だってつきたくなる。

「どこに向かってるんですか?」

 拉致されたら敵わないので、一応訊いてみる。

「スーパー」

 案の定、私のマンションが行き先ではなかった。

「私、仕事終わったばっかりで疲れてるんですけど」
「知ってる」
「休みたいと思ってるんですけど」
「わかってる」

 全然わかっていないと思う。

「もう、なんでそんなに強引なんですか?」
「これくらい強引にしなきゃ、杏奈は俺と話してくれないだろうから」

 ユズが一瞬、横目で私を見た。
 きらりと光る瞳に捕らえられ、何も言えなくなる。

「杏奈は、なんで俺のこと避けるわけ?」
「え……」
「俺は杏奈のこと知りたいなとか、もっと仲良くなりたいなとか思ってんのに、杏奈淡白すぎ」

 笑いながらそう言われても、反応に困る。

 私は、ユズのことをよく知らない。
 ユズだって私のことをよく知らない。

 私のことを知りたいと言われると、少し怖い。
 男達は皆、私のことを知ったら離れていったから。

『杏奈に俺は必要ないだろ』

 皆、勝手に同じことを言って去っていったから。

 ユズも、きっと私のことを知ったら、去っていくんだと思う。
 皆と同じ台詞をはいて、私から離れていくんだと思う。
 そう思うと、私のことを知らないままで、今の関係を続けられた方が良いと思ってしまう。

 どうせ去っていくのなら、一人でいたほうがいい。
 他人に気を許したら、傷つくのは私だ。
 他人に気を許したら、負けだ。