「どうしたの、杏奈ちゃん?」
「えっ……」

 小夜さんは眉をひそめて、

「さっきから黙ってる」
「……さっきの人」
「うん?」

 私は少し躊躇ってから、口を開いた。

「ユズの、元彼女なんです」

 普段、事務所では蓬弁護士と言うのに、今はそれも怠っている。案の定、小夜さんは目を丸くした。

「えっ、で、でもなんで? 杏奈ちゃん、知り合いなの?」
「いえ、写真で見ちゃって……」

 二人がいつごろ別れたのかは知らないけれど、ユズの部屋から女の気配が全くしなくなるくらいは、ユズには彼女と呼べる存在がいなかったはずだ。
 どうして今頃彼女が現れたのか、ユズに会ってどんな話をするのか、私の心の中は不安に揺れていた。
 だけどそれを悟られないように、私は微笑む。

「きっと、弁護士が必要になって、知り合いのユズに頼もうと思ったのかもしれないですよね」
「そうかもしれないわね」

 小夜さんも、少しだけ動揺しながらうなずいた。


 私の心の中は不安でいっぱいだった。
 だけど、その不安を、何かが押し込める。
 強くあれと、背筋を伸ばせと、何かが私を戒める。

 本当は、泣きたいくらい不安なくせに。