「颯太さん、あと少しです。もう少し頑張って。」

歩道の段差で転びそうになってから、颯太さんの様子がおかしい。

さっきよりも目が虚ろで、呼吸も早い。

ま…まずいぞ!これは!

「ゴン太!急ごう!」

あと少しでマンションに着く。ゴン太のリードを緩め、先に行かせる。

ずっと颯大さんを気にかけながら歩いていたゴン太は、私の声に頷くように頭を下げ、先を急ぐ。

私の頭はやることリスト作成でフル回転を始める。

まずお風呂でしょ?颯大さんが着れそうな服、探さなきゃ。

それと、薬!常備してあるやつで大丈夫かな?

あとは?あとは…

あとは……

風邪といったらお粥でしょ!




……

………


「あー!お粥の作り方!」


……知りません……。

お米、炊けるようになったのはつい最近。

料理、ちゃんと習っておけばよかった…。くすんっ。
隣で絶叫する私の頭に、颯太さんの冷たい手が触れる。

「…料理…は……苦手で……すか?…」

苦しそうな息をしながら、それでも颯太さんは笑いかけてくれる。


本当に優しい人なんだな。

優しくて、柔らかい笑顔は、昔のあの人を思い出させる。

優しくて、大きくて、いつも守ってくれた。

あの頃は幸せだったのに。
あの人に守られて、好きなことができて。毎日が楽しかったのに。

あの人が笑ってくれるのが、私は嬉しかった。喜んでくれるのが嬉しかった。

なのに…なのに……


あの日、あの人に何があったかわからない。

だけど、あの人は変わった。

優しく笑いかけてくれることも、私を見てくれることもなくなった。