《短編》家出日和

倒れている男は、時折苦痛からかくぐもった声を漏らして。


生きているのだろうとあたしは、とりあえず安堵のため息を吐きだした。


しゃがんだ俊ちゃんは、持っていた男の血の滲む缶コーヒーを、

その傍へとコトンと置いて。



『…俺のに触んなっつーの。
てか、飲めなくなったしお前にやるよ。』


それだけ呟き、再び立ち上がる。


きっと貰っても、この男も飲んでる場合じゃないだろう、と。


ポカンとしたあたしは、他人事のように思った。



『行くぞ!』


戸惑うあたしの手が引かれ、

なすがままに俊ちゃんが足を進める方向へと連れて行かれて。


気付いたら、先ほど車を止めた場所まで来ていた。


まだ上手く働かない脳みそのままあたしは、俊ちゃんを見上げる。



「…缶で…人殴ったの…?」


『いや、じゃないと勝てないし。』


それだけ言った俊ちゃんは、さっさと車に乗り込んで。


口元を引き攣らせたあたしも、同じように車に乗り込んだ。



「…死んでたら、どーするつもりだったの…?」


『生きてるから大丈夫だよ。』


平然と言う俊ちゃんのことが、やっぱり怖くなって。


本当にこの人は、どこか異常なのだろう。


冷たい目をしている俊ちゃんは今、きっと怒ってるに違いない。


あたしに“刺せ”と言ったあの日を思い出して。


恐怖心すら感じ、何も言わずに顔を俯かせた。


一度あたしを横目に捕えた俊ちゃんは、

再び顔を正面へと戻してシフトをドライブに入れる。


微かに震える拳を、俊ちゃんに気付かれないように強く握った。