何を考えてあたしが頷いたのかは、今となってはあまり覚えてないけど。


ただ、あの場所に居続けたくなかった。


何より、俊ちゃんの笑顔に、ただ安心してしまったことだけは覚えている。


見た感じ怖いのに、時折フッと伏し目がちに緩ませる顔。


そんな顔をする俊ちゃんのこと、嫌いじゃなかった。


それこそが、こんな日々の始まりだとも知らずに。





手を引かれてそのまま、この動物園に連れて来られた。


同じこのベンチに座り、大きな檻の中で寂しそうな象を見ながら、

二人で色々な話をした。


10個上だと言う彼は、デイトレーダーと言われる仕事をしているらしい。


何だかよくわからなかったが、パソコンと睨めっこをしながら、

株を売ったり買ったりするのだと教えられた。


そして、あの親戚達が大嫌いだと言うことも。


そんな中にあって、あたしの両親だけは、優しくて大好きだったと言う。


幼心にあたしの中に芽生えた感情が、

恋なのか、憧れなのか、それともただの安心感なのかはわからなかった。


子供過ぎたあたしには、俊ちゃんは“大人の男”として映って。


そんな人と暮らすことに、何の迷いもなかったんだ。


あんな怖い大人達なんかとは、全然違って見えたから。




閉園する夜の8時まで他愛もないことを話し続け、

そして手を繋いで俊ちゃんの家に向かった。


それからの俊ちゃんとの日々は、穏やかに流れた。


寂しくて泣きだした夜は一緒に寝てくれて、

“眠れない”と言えば何時まででもゲームに付き合ってくれた。


自分の家なのに、爪切りの場所さえわからない俊ちゃん。


ヘビースモーカーのくせに、あたしの近くでは吸おうとしない俊ちゃん。


気付いたら、そんな当たり前の日々ごと俊ちゃんを愛しく思っていた。