女王様のため息



部長は、眉を寄せて小さくため息を吐いた。

そして漏れた声は苦々しいもので。

「わが社でも初めての例で、まあ、その可能性を考えてなかったわけでもなかったんだけどな」

「……は?よくわからないんですけど」

「だよな。まあ、当事者だから、言うけど。口外しないでくれ」

ほんの少し低くなった声音に、少し緊張する。

そんなに大切な事を話そうとしているんだろうかと、不安もちらりと。

部長は、そんな私の気持ちに気づいたのか、まあまあ、大丈夫だと手を軽く振った。

「新しい研修部の近くには工場があるだろう?」

「あ、はい。西地区で一番大きな工場ですよね」

「そうだ。その工場の近辺がかなりのどかだって知ってるよな?」

「の、のどか?」

「そうだ。工場を建設するには十分すぎるほどの土地が広がっているんだ」

「あ、そうですね。……一度行ったきりですけど」

入社して一度だけ、それも研修で訪れた事がある西工場は、田畑が広がる土地が広がって、地平線すらはっきりと見る事ができる。

工場建設には抜群の立地条件で、西地区を統括する製造本部となっている。

「で、その『のどか』がどうしたんでしょうか?」

首を傾げて聞いた私に、部長は苦笑いをして。

「うちが絶好の立地条件だと認めた土地なら、他の会社だって同じ思いを持つんだよな。西工場の近辺には同業他社の工場が幾つかあるだろ?」

「えっと……そうですね。建設関連の工場がいくつか……」

思い返せば、確かにある。

わが社と同じように住宅建設に必要な部材を生産している工場があった。

それと私の異動とどういう関係があるんだろう?

更に混乱する私に、部長はくくっと意地の悪い笑顔を向けた。

「心底困りきってる真珠さんを見るなんて滅多にないから新鮮だな」

「ぶ、部長っ、早く本題に入って下さいよ」

「はいはい、そう焦るなよ、それに、とっくに本題には入ってるんだ。
西工場で設計を担当している女性が、うちと同業他社の工場で働いている男性、それも設計担当者と結婚する事になったんだ」

「……」

だから、それが何だ。

思わず不機嫌な表情を浮かべたに違いない私は、相変わらず飄々としている部長の話に聞き入った。

そしてその内容は。

同じ女性として、複雑な思いを抱くには十分なものだった。