途端に奥から誰かがばたばたと駆けつけてきて。
「あ、あ、ありがとう。このバカと結婚してくれるなんて、本当にありがとうね。返品は一切受け付けないから、気持ちが変わらないうちにとっとと籍だけ入れて欲しいわ」
「母さんっ。突然何言ってるんだよ、まずは挨拶くらいしろよな」
「か、かあさん?」
私の前に立ち、目を輝かせている和服美人。
結い上げられた髪型も自然で似合っているし、身のこなしにも違和感がない。
着物を着慣れているのがすぐにわかるこの人が、司のお母さん?
「あの、沙川真珠と申します」
慌てて頭を下げた。
ちゃんと考えれば、見るからに女将という名にふさわしい余裕の笑顔を浮かべるこの女性が司のお母さんだとわかってもいいはずなのに、慌ただしく私たちの目の前に現れたせいでぼんやりしていた。
「あら、しんじゅって名前なの?可愛いわね。ご両親は伊勢のご出身とか?」
優しい声に体を上げると、司と同じ瞳が私を見つめていた。
「あ……いえ、伊勢の出身ではないんです。母が父から初めてもらったプレゼントが真珠の指輪だったらしくて、それでこの名前になったそうです」
今でも仲がいい両親の恋人時代を想像すると、娘としてはちょっと照れくさいけど、私の名前の由来となった真珠の指輪を時々眺めている母さんを見ると、私まで幸せになる。
そして、ちゃんと『しんじゅ』と呼ばれる事は珍しく、滅多にないこの名前に誇りさえ感じられる。
「そう、仲がいいご両親なのね、近いうちにこちらからもご挨拶に伺わないといけないわね」
「は、はい……」
ふふふ、と笑顔を見せてくれる司のお母さんは、
「さ、奥のお部屋にお茶を用意してあるから、ゆっくりしていってね。
すぐにお昼の用意もするけど、何か嫌いな食材はあるかしら?」
私と司を奥へと手招きしながら聞いてくれた。
「特にないです」
緊張しているせいか、あと何を言えばいいのかと、悩んでいると。
「ねえ、つーくんのお嫁さんになるの?」
私の手を誰かが掴んで引っ張った。
視線を落とすと、ポニーテールを水色のリボンで飾っている女の子が大きな目を私に向けていた。

