男は、指紋のついた銃も拭くと、後藤の手に握らした。


そして、両手を広げ…雨を降らす雨雲を見上げながら、男は話し始めた。


「雨は…すべてを洗い流すというけど……僕は、逆に、雨に刻んだのさ。この思いを、感情を…この記憶を。この時期に降る雨……時雨に、僕は記憶を刻んでおいたのさ。毎年忘れないように…」


意識が遠退いていく後藤のそばで、腰を下ろし、

「毎年…同じように、同じことをやってあげたのに…。そばにもいてあげたのに…君は、僕を捕まえなかった」

男は、クスッと笑い、

「ただ…毎日手を合わせていると理由だけで……甘いね。だけど、もう待てない。我慢できなくなった」

男は、立ち上がり、

「ここは、もういいや…」

肩をすくめた。

そして、ゆっくりと後藤の横を擦り抜けて行った。

「飽きちゃった」

それが、後藤が聞いた最後の言葉だった。



男はゆっくりと、坂を降りながら、微笑みを浮かべ、

「雨はいい…。僕の記憶以外のいらないものは、洗い流してくれる」


もう後藤達を見ることは、なかった。

もう流れ去ったものだから。

「今度は…どの雨に、記憶を刻もうかな」