「お、お世辞を言わないで下さいよ」

美奈子の声が、上ずった。



「あなたが望めば…理解できますよ」

ここで初めて、美奈子はマスターの視線の強さに気付いた。

美奈子は、唾を飲み込んだ。


「弱さも…強さも、力です。強く生きたいと…自分を外圧から守りたいと…そう願えば、人は生まれ変わります」


「だけど、それじゃ…自分だけ!周りを理解なんて、できないでしょ!」

美奈子は、口調を荒げた。

「ならば!その者達を理解できるあなたが、導けばいいのですよ」

マスターの両目が妖しく、光った。

しかし、美奈子の眼光は、それを拒んだ。


マスターは驚愕した。


「き、今日は…これで、失礼します」

二杯分のお金をカウンターに置くと、美奈子はそそくさと、店を出ていった。


マスターは、目を見開いたまま…しばし動けなかった。


美奈子には、今の攻防は理解できていないはずだ。

時間にして、一秒もなかった。

刹那の時だ。


無意識とはいえ、マスターの精神攻撃が、跳ね返されたのは、初めてだった。


「ククククク…」

マスターは、腹の底から笑った。

そして、誰もいない喫茶店で、拍手した。

「素晴らしい!」

そして、天を仰いだ。


「さすがは、もう一人のテラ!」




これで、運命の駒は……すべて舞台に上がったのだ。

あとは、誰が落ち…誰が、演じきれるかだ。


その物語は、いずれまた…。

天空のエトランゼ〜哀しみの饗宴〜

一先ずの幕引き。