美奈子の言葉に、何度も頷きながら、

マスターは、美奈子をじっと見つめていた。

「演劇を通じて、いろんな人の心を伝えたいんです。見てる人だけじゃなくて、演じる人間にも…。だから、役を与える時は、その人とまったく違う人の役を、最初に与えてあげます」


と、ひとしきり言った後、美奈子はため息をついた。

「…えらそうに言ってますけど…今は、あたし…活動してないですよね」

美奈子は改めて、今の境遇を思い知った。

「それは、どうしてです」

マスターの真剣な視線が、美奈子を射ぬく。

しかし、美奈子は自分に夢中で、気付かない。


「そ、それは…」

美奈子は口籠もり、



ぽつりと呟いた。


「人でないものを…理解しょうとしてるから…」



その美奈子の言葉に、マスターはほくそ笑んだ。


「まだまだ…演じられないものがあるんだな…と、悩んでいます」

美奈子の脳裏に、三枚の舌を両目と口から出す化け物の姿が、よみがえる。


(あの化け物にも…意志があった…)


「あなたなら、理解できますよ」

マスターは、悩む美奈子に新しいコーヒーを出した。

「え?」

驚き、思わず…カウンターの向こうにいるマスターを見上げた。

「あなたなら…わかります」

マスターの言葉は、妙に説得力があった。