後藤の声に、男は手を合わせながら、ゆっくりと顔を向けた。

哀しげに笑顔を向ける男に、後藤は頭を下げた。

そして、男の横を通り過ぎた。



「誰ですか?」

まだ傘を差して、後ろからついてきていた後輩が、きいてきた。

後藤は、現場を仕切っている紐をくぐり、少し男から離れてから、口を開いた。

やはり、後輩を見ずに、

「五年前に、初めてこの坂で、殺された被害者の彼氏だ」


「え!」

後輩は振り返った。人混みの向こうで、まだ手を合わせる男の姿があった。

気の弱そうで、今には死にそうな男。

「幸薄そうだな…」

後輩が呟いた。




「ふう」

後藤は、ため息をついた。何度見ても、慣れない。いや、慣れないようにしているのだ。被害者を前に、慣れてしまえば、大切なものを無くしてしまいそうだから。


「…」

だからといって、何も変わらない。被害者の遺体の前で、言葉がでない。

(五年もか…)

同じような遺体を、五回も見ている。それは、警察が…自分自身が、無能だということだからだ。


すべての検証結果が、同じだった。


(同じじゃないのは…)

後藤は空を見上げた。

(雨だけか…)

後藤は、もう晴れ始めた気紛れな空に、眉を寄せた。