わかってる、わかってる、


何度自らに言い聞かせて見てみないフリを繰り返したのだろうか、


それでも、溢れる涙は止まることを知らなくて。
私を揺さぶる。


「……離してください」


自分でも、聞き取れないくらいの細い声。
ゆるゆると魔王さんを押しのける手に力を込めて、なのにびくともしない。


魔王さんはなにも言わずただ、私を見て


「なつか、」


――名を呼ぶ。


「っ!ゃめてっ、呼ばないでっ!!」


ぐ、と思いっきり力を込めて魔王さんの胸を叩く。
逃れるため、逃げるため、


なのに――


「なつか、」


愛しげに、切なげに、呼ばないで。


「……呼ばないでっ!!」


思いっきり手を振り払って、逃げる。
今度は拘束の手は緩く私を逃がす。
虚をつかれた顔をした魔王さんから離れるようにして走る。




階段を飛び降りて、扉のノブに手をかけた瞬間、


「なつかっ!」



―――後ろから抱きすくめられる。


温かい、もう馴染んでしまったその腕の中に一瞬安堵してしまった。
逃れようと腕を振り上げると、強引に体の向きを変えられて……


「はなしっ、………ん、」



――ながい、ながい、いっしゅん。


温かいそれが唇に強く当てられて、名残惜しげに離された。



茫然とする私に魔王さんはスルリと頬を撫で先程なんかよりも強く、痛いくらい強く、私を腕の中に閉じ込めた。




「――もう、離さない。」


甘い、強い、囁きを耳に落として。