夜も更けた頃、リツィリアは諸々の雑務を終わらせやっとの思いで自室のドアを開けた。


つと視線を巡らせる。

けれど探すまでもなく、ベッドの上には膝を抱えて丸くなっている少女がいた。



「ハルカ?」

呼び掛けるが返事はない。ベッドのそばまで行くと規則正しい息づかいが聞こえた。

どうやら寝てしまったようだ。



ベッドの端に腰かける。ぎしっと音をたてて腰が沈んだ。


そっと肩に手を伸ばせば、不安定だったハルカの身体はぐらりと倒れ、頬をシーツに埋めた。



顔にかかる黒髪を丁寧に払い、晒されたもう片方の頬に指先を滑らせる。

肌目細かくしっとりと滑らかな肌に涙の痕はない。



「強いな」


落とされた小さな呟きは月明かりが作り出す影に吸い込まれて消えた。



リツィリアは、ハルカが一人社の間を出たことに気が付いていた。

けれど追わなかった。

話の途中で、急に感情がなくなったかのように冷めた顔付きになった彼女は、一人になってから泣いているだろうと思ったから。



おそらく、どんなに優しい言葉を吐いたって、この少女にとって自分は大勢の敵の中の一人に過ぎないのだろう。

だから今はそっとしておこうと思ったのだ。


これから、渡人である彼女には困難が待ち構えている。

その困難を打ち払い、少しでも平穏に暮らせるようにこちらも手を尽くすつもりだけれど、神の加護を受けていない彼女の未来はこの世界で一番不確かなのだ。



最近微妙になってきたスピリアとの国交問題もあり、彼女を渡人として公表するつもりはなく、本物の姫が見つかるまではヴェレーナとして過ごしてもらわなければならない。

それがさらに彼女の重圧にならなければ良いとは思うが、それは無理なことなのだろう。




ふうと息を吐き出して前髪をかきあげた。


リツィリアは、どんな状況になろうとも国を一番に考えてきた。それが王族の義務なのであり、これからもそれは変わらない。

そのために今回だって、彼女の心の安寧を切り捨てたのだ。

人として良心が痛むけれど、そのような感情は国政には必要ない。




そう自分に言い聞かせたリツィリアが、切なそうに自分の表情を歪めていることに、気付くことはなかった。