────『はやとー! 聞いてる? 五時だからね? 絶対にナツくん連れてきてよね?』


 それから数日後のことだ。ぼーっとしていた俺は電話越しの穂香の声で我にかえった。


「お……おう、わかった五時に……ナツを連れて行くよ」



『隼斗……最近、なんか変だよ?』と穂香がため息をついた。それが何だか癪に触った。ため息つきたいのは、こっちの方だ。


「夏バテかな? 毎日暑いよな」

『え? 大丈夫? 体調悪いなら、お祭り無理しないでも……』


「大丈夫、大丈夫。それに穂香の浴衣姿見たいし」


『私の浴衣なんて……ねえ隼斗、絶対無理しないでよね』


「わかってる。無理なら、無理って言える関係だろ? 穂香にもナツにも、俺は遠慮なんてしない。じゃ、後でな」


 電話を切ると俺がため息をつく番だった。



 どうしたんだろう。こんなやり取りが楽しかったはずなのに、全てが嘘で作られた世界みたいだ。



 彼女は俺に選択させた。ほんの些細な選択だ。


 一晩だけ身体の関係を持つか持たないか。決めたのは俺だ。


 卑怯な女だな……あっちはただの気まぐれで、もう俺のことなんか忘れてる。

 それなのに俺は身体に残る彼女の感触を忘れられない。


 名前も連絡先も教えてくれなかった。あのマンションに行けば会えるかもしれないけど、拒絶されるに決まっている。


 手がかりは、あの日彼女が俺の携帯に残した取引先の電話番号だけなんだけど……

 仕事の相手に電話なんかしたらダメなことくらい俺にだってわかってる。