穂香は笑顔を崩さない。

 柔らかそうな唇で笑ってる。


「穂香」



 今、この何もかも不安定な時なら一回くらい許されるか?


 穂香の肩に手をおいて、すっと自分の唇を穂香の唇に押し当てる。


 一回でいいからしてみたかった。



 隼斗が俺に隠れてよくしていたことを……俺は心の奥底でずっと同じことをしてみたいと思っていて、それに気がつかないふりをしていた。


 穂香にキスしてみたかった。



「…………ナツくん」


「深い意味ないから、元気だせよ。じゃ、また学校で」



 穂香がまた笑ってくれたら、俺はそれでいい。それだけで、いいのに…………


 結局、この時、俺は自分のことしか考えてなかったんだ。