アウレシアは眉根を寄せ、苦い表情で彼を見ていた。
「グレン、その場しのぎの金を恵んでも、次からはまた餓えるんだよ。気まぐれの優しさや施しなら、最初から、しないほうがいい」

「そうだ。お前が正しい――」

 苦しげに、認めたくないように、返る答。
「だが、今日生き延びられれば、明日も生きられるかもしれない。
 明日は、彼らが餓えなくてすむかもしれない。
 誰かが彼らを雇ってくれるかもしれない。
 私のように金や食物を恵むかもしれない」
 イルグレンはアウレシアに向き直る。
 その表情も苦痛に満ちていた。

「私に彼らの全てを救うことはできない。私には、私自身ですら救えないのに。
 だが、それでも、彼らも私も明日を夢見てもいいはずだ。
 生きるというのは、そういうことではないのか」

 真っすぐに向けられるひた向きな眼差しに、アウレシアは暫し言葉を失った。
 この世間知らずの皇子は、今日一日で、あまりにも多くのことを学んだのだと、彼女の方も理解したのだ。

「いいや――その通りだよ」

 今日の一日がイルグレンにとって実りあるものだった事を、アウレシアは静かに喜ぶ。
 この皇子なら、決して道を踏み外すことはない。
 同時に、残念にも思う。
 もしも、このまま、国が滅びず、太子として立てられていたら、麗しの皇国は、あのような結末を迎えることはなかっただろうに。

 こんなにも、素直に心を開いて理解しようとしてくれる者が、上に立つ者であったのなら。

「――私は、何者なのだ、レシア?」
 静かに、イルグレンは問う。
「あんたは――皇子様だよ」
 静かに、アウレシアは答える。
「では、皇子とはなんだ? この身分に、一体何の意味があるというのだ。意味は、あの国にいて、あの宮で暮らしていたときにしかなかったのではないか?
 今の私には何もない。何も持たずに、この失われた身分一つを頼りに、絵姿でしか顔を知らぬ婚約者の庇護のもとで生き長らえようとしている私は何なのだ――?」
 虚しさが胸を去来する。
 あるのは現実を思い知った痛みと、己の無知と、後悔だった。