その日は、荒野を北上し、ようやく明日には大きな街に着くところまで移動した。
 砂漠を大きく迂回するため、位置的には北東に一旦向かってから、街を抜けて、南西の街道を進んで行くことになる。
 蛇行する川は荒野を分けるように、北と南の様相を変える。
 川の南は砂漠へと続く、乾いた風の止まぬ荒野が、どこまでも広がっている。
 川の北は神々の御座と呼ばれる、夏でも雪の解けぬ険しい山脈へと到る樹海へと通じている。
 北といっても、砂漠から北にあるというだけで、まだまだ乾燥地帯から抜け切れてもいない。
 徐々に広がっているという荒野を越え、湿地帯に入り、そこをさらに越えてようやく樹海へとたどり着く。
 深くはないが、幅広の川に架けられた木橋を渡ったら、続く先には、石畳の街道が伸びている。
 昔はもっと豊かだった川の水量は、今や昔の半分以下だ。
 その貴重な川のそばで、今日は野営となる。
 ここまで来ると、もう明日の移動で、昼前には街へと着く。
 街に入れば、レギオンの請け負う宿屋で二、三日過ごし、西までの最後の旅支度を整える。
 いつも通り天幕を張り終えたアウレシアとイルグレンは、また剣を持ってなだらかな丘を越えて、少し離れたところにある低木の近くで剣の稽古を続けた。
 めきめきと腕を上げた天然皇子も、この時は甘さのない、真剣な顔つきになる。
 そこには、今朝のような憂いも、熱っぽい衝動もなかった。
 だが、時折瞳が合ったときに垣間見える揺らぎが、なぜか相手を意識しているような気がした。
 それに意味を持たせようとは、アウレシアはしていない。
 今はまだ。

 あのくちづけにはどんな意味があったのか。

 そう自問してみる。
 しばらく禁欲が続いていたからか、それとも、あのくちづけが、今までにしたどのくちづけよりも、優しく、甘く、感じたからか。
 剣を打ち合わせているというのに、そんなことを考える自分に、アウレシアは小さく舌打ちする。
 意味など、考える必要もない。
 したかったから、しただけだ。
 意味など考えたところで、この天然皇子とて考えてもいないだろう。
 気持ちを切り替えて、アウレシアは剣に集中した。