聞いてしまって、失敗だった。
 天然皇子の軽い言動に騙されがちになってはいるが、この皇子の生い立ちはとてつもなく重かったのだ。
 うかつに話題を振ることもできやしない。
「悪かったよ、やなこと聞いちまって」
「? 別にいやなことではない。私は薄情だから、憶えてもいない母を恋しがることもできないのだ」
 何の感情もなく、イルグレンは言を継ぐ。
「私を殺したかった皇后の気持ちはわからないでもない。相応しい身分に産まれた自分の子供に、相応しい地位を確実に与えたかったのだろう。
 だが、どうせ命を狙うなら、私一人を確実に狙う方法をとってくれたらと、思うのだ。
 罪のない母が、死ぬことはなかった。
 母を失って、私は母親を恋しいと思うまともな感情も持てずに、こうして死なないためだけに生きている」
「――それは、別に悪いことじゃないだろ」
「そうだな。私だって、毒で苦しんで死ぬのは避けたい」
 イルグレンは、傍らに置いた剣に手を伸ばす。
「どうせ死ぬのなら、闘って死にたい。最後の最後まで、剣を持っていられるからな」
「死ぬとか言うなよ、そのためにあたし達がいるんだろ。無事に、あんたをサマルウェアに連れて行くさ」
「そうだな。お前達は、とても強い。きっと私は生きて西に行ける」
 まるで、他人事のようにイルグレンは話す。
 だが、アウレシアには、それはどうでもいいことのように聞こえた。
「あんた、死にたいのかい?」
 問われて、イルグレンは驚いたようだった。
 そのようなことを面と向かって聞かれた事もないのだから。
 少し首を傾げ、イルグレンは考える。
「そのように思ったことはないが、母上が、自分の命と引き換えてくれた命だ。簡単に死ぬわけにはいかん。私の命は、すでに私一人のものではないのだ。
 だが――」
 アウレシアを見て、ほんの少し笑いながら言った。
 叶うことがないと、初めからわかっているように。

「もしも、自分で選べるなら、今度はお前達のように、戦士として生きたいな。
 貴族や皇族ではなく、ただの男として、生きていきたい」