天幕が張り終わったので、二人は剣の稽古のため、その場を離れた。
 山間部の移動がまだ続くためなのか、麓は緑豊かで木陰は肌寒いくらいの涼しさだった。
 馬車からもそんなに離れずに木立の影に隠れると、姿が見えなくなるので稽古にはちょうどいい。
 昨日の勝利で自信を得たのか、イルグレンの剣さばきは、鋭く、それでいて軽やかだった。
 それにあわせるように、アウレシアの剣も、さらに大胆にイルグレンを翻弄する。
 間に休憩を挟んで、幾度となく剣を打ち合わせるが、結局、今日は勝敗がつかず、アウレシアの一言で稽古は終わった。
 二人とも、剣を腰から外し、木陰に座って汗が引くのを待つ。
「よかった」
 小さく呟くイルグレンの声を聞き逃さず、
「何が?」
 アウレシアは問うた。
「昨日まぐれで勝ってから、もう稽古はしてくれないのかと思ったのだ。
 これからも、稽古はしてくれるのだな?」
「あんなの、勝ったうちに入んないよ。本当にあたしに勝つにはまだまだ稽古が必要さ。サマルウェアに着くまで、みっちり鍛えてやるから覚悟しな」
「そうか。安心した」
 嬉しそうに笑うイルグレンに、アウレシアは呆れるように言葉を返す。
「あんた、ホントに剣が好きなんだねえ」
「お前もではないのか? 戦士なのだから」
 意外なようにイルグレンが言葉を返す。
「あはは。確かに好きだけど、あたしのは仕事だよ。これしかなりたいもんがなかったしね」
「どうして、お前は戦士になったのだ?」
「ああ、父親が渡り戦士だったのさ。もう死んじまったけど、あたしは、小さいときから親父に連れられてあちこち回ってたからね。小さい頃は、それこそ男みたいに育てられて、剣もそれ以外の武器の扱いも一通り教わってきたのさ」
「母親はどうした? お前と同じ女戦士だったのか?」
「普通の女さ。よそに男をつくって、あたしと親父をおいて出て行った。だから、親父はあたしを連れて仕事をしなきゃならなかったのさ」
 驚いたようにイルグレンが呟く。
「子を捨てる母がいるのか――」
「そりゃ、いるさ。世界は広いからね。いろんな母親がいる。あんたの母親は?」
「母は、私を捨てなかった。いっそ見捨ててくれればよかったのに、私の代わりに毒を飲んで死んだ。まだ、三つだった私は、もう母上の顔も憶えていない」
「――」