昨夜遅くに北の町で変えた、以前より外観が質素な馬車の中で、イルグレンは食事の手を止めた。
「イルグレン様。もう召し上がらないのですか?」
 給仕をしていたウルファンナが心配そうに問う。
「もうよい。食欲がないのだ」
「お体の調子でもお悪いのですか? エギルディウス様にお知らせ致しましょうか?」
「いや、心配はかけたくない。少し休めば良くなるであろう。眠るので、しばらく誰も入るな。声もかけるな」
「…お薬は、お持ちせずともよろしいのですか?」
「いらぬ。ただ眠りたい。そなたも私のことは気にせず馬車にもどって休め。夕食まで眠れば元気になるだろう」
「――わかりました。何かありましたら、すぐにお呼びくださいませ」
 食事の皿を全て盆に片付けると、ウルファンナは下がった。
 イルグレンは、昨夜のうちにウルファンナに用意させておいた、護衛の着る洗いざらしの普段着に素早く着替え、寝台の内幕を閉めて、馬車の扉を開けただけでは不在に気づかぬよう細工した。
 剣を持ってから、剣帯を用意させていなかったことに気づいたが、今日のところはいいだろうと、扉を少し開けて、外の様子を窺う。
「――」
 ちょうどみな昼食と休憩のため、馬車に注意を払っているものはいない。
 護衛も近くにはいなかった。
 滑るように外へ出ると、急がずに列の最後尾へと向かう。
 護衛と同じ衣服を着ているため、誰も皇子だと気づく者はいなかった。
 最後尾は、さすがに護衛はおらず、馬車から離れたところで、四人の渡り戦士たちが座って何やら楽しげに話しているのが見える。
 亜麻色の長い髪を後頭部で高く結い上げて垂らしている女戦士の後姿を見つけ、
「見つけたぞ」
 満足げに微笑むと、イルグレンはそちらへと向かった。