どうしてだろう。
 世間知らずで、甘ったれの、何もできない皇子様のくせに、本当なら、絶対選ぶはずのなかった種類の男のくせに、どうして、彼の言葉はこんなにも胸に響くのだろう。
 どうして、胸を震わせるのだろう。
 たくさんの男達と言葉を交わし、夜を過ごし、愛していると思った時もあったはずだ。
 それでも、こんなにも胸に響く想いを知らない。
 こんなにも胸を震わせる想いを知らない。
 応えぬアウレシアに、イルグレンはふと不安げに口を開いた。
「もしかして、今はもう別の誰かがいて、私はお払い箱というやつなのか? それならそれで、私はお前を取り戻すためにその男と戦わねばならんのだが」
「――」
 この見当外れな所もやはり皇子たる所以なのか。
 どこをどう考えたら、そういうことになるのだ。
 別れてから一週間、その間、自分は――認めるのも癪にさわるが、この男を忘れようと――砂漠越えまでしている。
 新しい男を作る暇などどこにあるというのだ。
「この――馬鹿が。新しい男なんて、いるわけないだろ!? どこにそんな暇があるってんだ!」
「だが、人の心は移ろいやすい。離れていれば、心もいつか離れていくだろう。私はお前に忘れてほしくなかった。思い出の中の一人にはなりたくない」
 イルグレンは、アウレシアの両手をとり、指先にくちづける。

「お前を愛している。捧げるものとて何も持たぬが、お前の傍にいることを許してくれ」

 その言葉は、偽りなく胸に響く。