イルグレンは両手を見つめた。
 何も持たぬ手だ。
 掴もうと伸ばし、けれど結局全てを失った手だ、これは。
 自分は悔やむだろう。
 あの最後の日、愛しい女の手を離したことを。
 そうして、後悔しながら生きてゆくだろう。
 後悔しながら、善良で、美しい公女の隣で、心ふるわせる日々を過ごすこともなく生きてゆく。
 これから人生を終えるまで、そうやって生きてゆくことを選んだのは自分だから。
「――」
 故国の庭園に咲く、瑞々しくたおやかで可憐な白木蓮のような婚約者の顔を愛しいもののように思い返そうとした。
 だが、彼の求める美しさも、愛も、そこにはない。
 彼が欲しいと願ったのは、荒野に咲く、生命に輝く力強い薔薇の花だった。