疾走していた馬の足取りが徐々に緩やかになる。
 先頭を駆けていた馬達はあっという間に見えなくなった。
 男の腕が腰を引き寄せる動きに逆らわず、馬のたてがみにしがみついていた女はゆっくりと体を起こした。
 ゆっくりと歩みを進める馬上で揺られながら、女は後ろの男を振り返りもせず、一言も話さなかった。
 男衆達を先に行かせた男は、女に問う。
「何がしたい? お前の望みを言え」
 一拍おいて、女は答える。
「死にたい――」
「死ぬことは、許さん。捨てる命なら、俺がもらう。今この瞬間から、お前の命は俺のものだ。俺の許可なく死なせん」
「なぜあたしを生かすの? 全て終わったわ。もう死なせて」
「まだ駄目だ」
「なぜよ!」
「命の借りを、返していない」
「――そんなもの、返さなくていい!!」
 叫ぶなり、女は馬から下りようと身動いだ。
 しかし、男はそれを許さず、逃さぬように女を抱きすくめた。
「お前が死ぬなら、代わりに俺が死んでやる。だから、お前は生きろ。リュマの分まで」
 弟の名を出され、女は男を顧みる。
 怒りに満ちた眼差しだった。
「弟の名を口にしないで。あたしの、弟よ。あんたのじゃない」
「その弟と約束したんだ。命を懸けた約束だ。お前は死なせない。逃げるなら追っていく。俺のいないところでお前が死んだら俺も死ぬ。独りには決してしない。地獄へでも、追いかける」
 男の真摯な眼差しに、女は男が本当に言葉通りにするだろうことを悟った。