茂みをかき分ける音が徐々に近づいてくるのに、その場にいた者は気づいた。
 イルグレンは、音の近づいている方角を、跪いたまま見据える。

 自分をこの世で最も憎んでいる女。

 そんな人間は、皇妃しか知らない。
 だが、彼女はすでにいない。
 身内の誰かがまだいるのか。
 側室の中に、逃げ延びた者でもいたのか。
 考えてもイルグレンにはそれ以上はわからなかった。
 そして、案内を務めた男が茂みを出て、横に避けた時。
 イルグレンはその女を視界に捉えた。
「――」
 薄暗がりの中、近づいてくる女。

「覚えていて、皇子様?」

 優しいとも思える声音で、女は問うた。
 美しい女だった。
 頬は少しやつれたように痩けていたけれど、瞳には、強い力が溢れていた。
「――」
 見たことのない、女だった。
 けれど。
 見たことがある衣装――一目でわかる、それは、自分が失った故国の、皇宮や皇族に仕える侍女の着る装束だった。
 覚えているかと女が問うたのは、女自身にではない、その装束だったのだ。