「――いいんですか? このままいけば、あの娘は人を殺すことになる。あんな細い腕で、料理用の小刀しか持ったことないような娘っこが、本当に、人なんか殺せるんですか?
 あの娘は、俺達とは違う。命を奪って、平気でいられるはずがない。一度でも人を殺せば、戻れなくなる。それでも、やらせるんですか」
 それは、男も思っていた。
 あの女は、真っ当に育った真っ当な娘だ。
 本来、決して自分達とは、このような復讐になど、関わるはずのない女。

「だが、あいつにはそれしかないんだ――」

 今、女をかろうじて生かしているのは、復讐という脆い代償でしかなかった。
 絶望の淵を覗き込んだ者しか見せることのない、あの虚ろな、生きながら死んでいくようなあの眼差しを、男はすでに知っている。
 女は死を望み、男はそれを止めた。

 復讐という形で。

 それ以外、絶望を忘れさせるものが何もなかった。

「そして、俺も皇子を、許したいと思わない。あの国に繋がるものは、何一つ残らず消し去ってしまいたいと思ったんだ――」