伊織君のその表情に亜美が……
亜美の目がとろけ出した。
最近……そんな目を和樹に向けて無いだろって突っ込みたくなるような、トロンとした視線。
「最初に一回と、中盤に一回、最後の盛り上がりに一回。ちょっと……酷かな」
「こんな感じ?」
亜美が手なれた手つきで鍵盤の上に指を滑らせた。
伊織君がパチリと指を鳴らして
「バッチリ。でも、その弾き方だと指を痛めて、本業のピアノに支障が出たら大変だし」
そう言いながら亜美の手を取って
「右手をヒックリ返して親指の爪で弾けばまだ、指自体は痛めないしさ」
「こう?」
綺麗に音が流れるように響いた。
「うん、バッチリ。練習の時はたまにするだけでいいよ。本番までに痛めたりしたら元も子もないからさ。それにただの効果音に過ぎないんだし、指の事を一番に考えてね。」
「うん。分かった」
意味の分からない二人だけの会話に和樹は膨れるし、私は顔が何度も引き攣った。

