直ぐに引き返すつもりが……


結局伊織君に誘われるままマンションにやって来た。


「まさか、沙織ちゃんが来てくれるなんて思わなかったな」


「これ、渡したかったの。この枇杷ね、あのお祖母ちゃんの家の庭に植えてあった枇杷だよ」

マンションの玄関先で伊織君にその枇杷を枝ごと渡した。

「なんだぁ。そうだったの。俺、てっきり沙織ちゃんがここに来る途中どっかの家の枇杷を枝ごともぎ採って盗んできたんじゃないかって少し心配してたんだ」


「それって枇杷泥棒じゃん」

私は顔を膨らませて拗ねて見せた。

「でも、あのひみつ基地の枇杷か。懐かしいな」

伊織君は枇杷の枝を眺めながら傷付いた唇を引きつらせて笑った。

リビングに入ると伊織君が自分のTシャツとショートパンツを出して来て
「これに着替える?中学の時に着ていたやつだから沙織ちゃんにちょうどいいと思うけど。そのままじゃ傷の手当ても出来ないよ」

それを受け取った私は

「うん、ちょっとだけシャワー借りていい?足についた泥を洗ってくる」

「そのほうがいいよね。お湯出ると思うから」

私は着替えとタオルを借りて浴室に入った。

脱衣所で、ふと、この前の夜を思い出した。