俺は掴まれた腕にそっと手を這わせると、その部分を撫でた。


結構な力で掴まれていたんだろう。血管が圧迫されて僅かばかり指先が痺れていた。


掴まれた場所を見下ろしていると、


前を行く彩芽さんが僅かに振り返り、


「私が何者かと言う質問だけど、それはお答えできかねるわ。知りたければ自分で調べなさい?


でも龍崎 琢磨さんの差し金じゃないわよ?


私は彼の味方ではないし、あなた方の味方でもない。


ただ


朔羅ちゃんに選択肢を与えただけ」


と言いながらゆっくりと振り返った。



「選択肢……?」




「そう。どんな事情があれど、惑わされてはだめ。本当に好きな人の手を取るべきだ―――とね」




「…………」



掴まれた部分がじりじりと痛みを生んだ。


でもそれは掴まれたから痛かったのか、それとも彼女の言う本当の意味を―――


俺は本当は心の奥底で知っていたからなのか。


気付いていても、俺はそれに知らない振りをしていた。



朔羅が俺を好きだと言ってくれてるのは、東西の協定があるから。


朔羅がもし龍崎 琢磨を選んでも、それはあいつに裏の事情があるから。



―――どちらを選ぶにしろ、これから朔羅は恋以外に、様々な感情に振り回されるだろう。



「見誤ってはだめよ。大事なのは自分の気持ち。



それを彼女に伝えてちょうだい」




彩芽さんはさっきと同じ笑顔でにっこり微笑むと、再び俺に背を向けた。


俺は今度は彼女を追わなかった。




彩芽さんの精巧な造りものめいた笑顔の裏に―――



俺は何も言えなかった。