だけど俺だって、幾ら目の前に餌(?)を巻かれたってほいほいついて行くわけにはいかない。
何せこの女は響輔にハジキを向けた危険人物だからな。
探るように目を細めていると、
「あんたは断れないわよ?
あんたの愛しの朔羅。―――今どこに居ると思う?」
イチがうっすらと微笑を浮かべて、俺は目を開いた。
イチの言葉を最後まで聞かずに、俺は控え室に飛び込んだ。
「朔羅―――……!」
だけどあいつの姿はなかった。
慌ててロッカーを開けて中を覗き込むと、きちんとカフェの制服がハンガーに掛かって吊るされていた。
バッグもなくなっているが、強引に連れ去られたと言う印象は受けなかった。
慌ててケータイで電話をするも、繋がらない。
ロッカーを閉めて手をつくと、絆創膏が張られていることに気付いた。
何でこんなところに…
目を細めてじっと見ると、その絆創膏に
“うさぎちゃんは僕とデートしてるよ♪ 大狼”
とマジックで書いてある。
「あっの野郎!……ふざけた真似しやがって!!」
ガンっ!!!
俺は八つ当たり気味でロッカーを蹴り上げた。
ちくしょう。変態タイガの野郎!
あいつは変態を装っているが―――
危険なヤツだ。
俺はカウンターに向かうと、メニューを見るフリをしながらカウンターに手をついているイチに近づいた。
「お前、朔羅をどうしたんだ」
ドスを含ませてイチを睨むと、
「安心してよ。あんたがちょっと付き合ってくれるのなら、あの子には手を出さないわ。
あの子は―――今、“玄蛇”と居る。
返答しだいで、あたしはどうにでもできるの。今すぐにでも“玄蛇”に電話をしてあの子を殺すことも可能よ?
どうする?」
イチは底意地の悪い笑顔を浮かべて、車のキーを左右にゆっくりと振る。
そのキーの先がまるで振り子のようにゆらゆら揺らめいていて、それだけで催眠術に掛かりそうな変な感覚に陥った。
それは催眠術なんかじゃなくて―――俺の不安を表していたんだ。
朔羅は玄蛇の正体を知らない。
俺と響輔は薄々勘付いてはいたが―――あいつにそのことを忠告しなかったのは、
あいつが変な風に警戒して、正体がバレた玄蛇の標的にされないよう
俺たちの間で決めたことだった。
それが裏目に出るとは―――



