「響輔なら居ねぇよ」
俺は警戒するように顎を引いて、イチを睨んだ。
イチは全然堪えていない様子で薄く笑うと、俺の顔に手を伸ばしてきた。
「顔、どうしたの?可愛い顔が台無しよ?
喧嘩でもした?ヤンチャな坊やね」
低い声でくすくす笑われて、俺はイチを睨んだままちょっと乱暴に顔を避けた。
「そんな怖い顔しないでよ。今日は響輔じゃなくてあんたに用があったの。ね、バイトいつ終わるの?」
イチはカウンターに身を乗り出してにこにこ聞いてくる。
ぱっと見、目を見張るような美人だが、こいつの色っぽい笑顔の裏には―――計り知れない悪意が隠されていそうだ。
「何の用だよ。今度は何を企んでやがる」
俺も肘をついて身を乗り出すと、今度はイチの方が警戒したように体を後退させた。
「俺は響輔のように甘くはねぇからな、女と言え容赦しねぇぞ?」
低い声で忠告してやると、イチが一瞬だけ表情を歪めた。
でもすぐにいつもの笑顔を貼り付けると、
「怖いわね。別に攻撃しようとしてるわけじゃないわよ。
話がしたいだけ。ここじゃなんだからバイト終わったら車の中ででも話さない?」
何だよ、ここじゃだめって。
と眉を吊り上げたが、イチがぶら下げた車のキーを見て俺は目を剥いた。
「フェラーリ!?あんたフェラーリ乗ってんのかよ」
俺がまさかそこに食いつくとは思ってなかったのだろう。イチの方も驚いたようにたじろいで、
「え、ええ。響輔から聞いてない?」と目をぱちぱち。
そいやぁ、カーチェイスをしたとか言ってたような言ってなかったような…
「だけどほんまに乗ってたやなんて」
しげしげとそのキーを眺めていると、
「男って好きよね、車。あんたが世間一般的な反応見せてくれて嬉しいわ」
とイチがはにかんだように笑った。
「世間一般的じゃない男ってのは響輔のことだろ?あいつ車にはあんまり興味がないから」
「そうなのよ。走れればいいとかほざいてた」
「そうゆうヤツだ?」
しかし、ほんまもんのフェラーリを目の前にして、あいつもスルーするとか…
響輔とは長い付き合いだけど、未だに謎。



