ドクターは白衣こそ着ていなかったが、ワイシャツにネクタイと言う姿で髪型も仕事仕様だった。
「な、何であんたが!」
ズサッ
思わず後ずさって厨房のカウンターに手をついた。
俺こいつ苦手…ってか嫌い…
以前、御園医院に忍び込んだとき、こいつのわけ分からんペースでやりこめられたからな。
力技が通じないし、かと言って頭脳で勝負しても常識が通じないし。つまり何をやってもダメ。
なんて言ったって、わけわからん変人だからな。
ペースが狂う。
「ちょっと時間が空いたから、来てみたんですよ。フフッ
今日はお嬢さんは?若い夫婦は共働きで大変ですね」
興味深そうにドクターは店内をきょろきょろ。
「朔羅はいねぇよ」無愛想に答えると、ドクターはそれ以上聞いてこず、
「そうですか、残念です。ではラテを二つ♪お持ち帰りで」
と言って注文してきた。
「二つ?」
あんた二つも飲むんかよ、と突っ込みそうになったが、
それよりも早くに、
「人を待たせてあるんですよ」
とドクターは店外の方を目配せした。
茶色い枠のガラスの扉の向こう側に、
―――大本命の彩芽さんが立っていた。
今日は和服ではなく、スーツ姿だ。同じスーツでもキリさんとは違った雰囲気。彩芽さんは俺に気付くと、扉の向こう側で僅かに手を振ってきた。
「…あ、あのさ!」
俺は彩芽さんのことを聞こうと勢い込むと、
すっ
いきなりドクターの腕が伸びてきて、俺の頬に触れた。
「顔色、悪いですね。唇も、荒れてる」
頬からゆっくりと指が滑ってきて、俺の唇をそっとなぞる。
細くて、冷たい―――指先だった。
「また胃をやられました?
よければ私が診てさしあげますよ♪フフッ」
ドクターが意味深に微笑んで、またも俺は思わず後ずさり。
「いや、遠慮シマス」



