さっきキリとキスをしたときについた―――…


俺は慌てて口元を手の甲で拭うと、


キリめ、わざとだな。と忌々しく口元を歪めた。


会長は、どうやら俺たちの関係に気付いているようだ。


今まで俺たちの関係を勘ぐるような発言は一度もなかった。


別に隠してるつもりはないけれど同じ社内だし、距離が近すぎるから敢えて報告(?)のようなものをしなかっただけだが。


でも咎めるつもりはないらしい。俺たちのことを深く詮索してこず、と言うか興味がないのか、


会長は優雅にコーヒーを飲みながらも、まだ電話をしようかしないか悩んでいる様子だった。


「会長……そのコーヒーですが…」


「あ?」


毒が混入されてるかもしれません。とはさすがの俺も言い出しにくい。


俺が言いよどんでいると、会長は俺の内心を悟ったのか、


「キリに何か言われたか?毒なんて入ってない」


会長は顔も上げずにさらりと言って、俺の方が驚いた。


「―――…え?」


会長はとうとう電話を諦めたのか受話器から手を離し手近にある書類を手繰り寄せ、その書類を一通り眺めてから、ようやくゆっくりと顔を上げる。


「いやと言うほど血液検査を受けてる。毒が混入されてたらすぐに分かる」


少し自嘲じみて笑って、またコーヒーに口を付ける。だけどすぐにちょっと楽しそうに笑うと、


「キリの嫌がらせだ。お前をからかっただけだ。あいつ、お前がすぐに冷凍庫にこもるからいつも拗ねてるぞ?


もう少しかまってやれ」


―――!!


キリめ。会長になんてことを…


しかし会長とキリがそんな話をしていたことに驚きだった。知らなかったのは俺だけか。


「今流行りのオフィスラブってやつか。俺は構わんぞ?うちは社内恋愛禁止じゃない」


オフィスラブって……


「他の女の心配はないが、俺とデキてるって言う説を疑ってたぞ。


マジで勘弁してくれ。お前もいい加減はっきりさせろ。男だろ?」


会長は書類をデスクの上に投げ出して、背を深くもたれた。


はっきり―――ねぇ…


愛する姪にちょっと電話を拒否されたぐらいで、落ち込んでるあなたに言われたくありません。


―――と、思ったが



もちろん俺の口からその言葉は出なかった。