会長は電話をし終えたばかりだったのか、デスクの上の受話器に手を置いている。


「電話ですか?何か新しい事実でも?」


「ああ。朔羅の様子が気になるんだが―――……」


そう言い掛けて会長は項垂れるように首を折った。


「無事だと分かっていても、一言声を聞きたい……」


「お出にならなかったのですか?もしかしたら気付いてないだけかも」


今お嬢たち三人は“会議中”だからな。


「…いや、掛けてない」


「どうぞ。私の存在はお気になさらず。邪魔だとお思いになるのなら出て行きますが」


「…いや、いい」


いつになくどんよりとした空気を背負って、会長が項垂れる。


「どうされたんですか。あなたらしくない」


「…昨日電話を掛けたが、切られた。その後何度掛けても通じないから電源を切ったに違いない」


…ああ、それで……この落ち込みよう…


五万と居る極道の構成員の頂点に立つ人で、その資産は数百億。


望めば何でも手に入る。酒に女。車にマンション。


何もあんな何一つ得にならない小娘を相手にしなくても、女なら幾らでも居るのに。


しかもその小娘にたった一回拒否られただけでこの落ち込みようだ。


なんて思ってしまう。




「あなたが何を仰ったのか私には分かりませんが、今はお互い冷却期間だと思って少し距離を開けるのが必要かもしれませんね」


俺がもっともらしくアドバイスをすると、


「お前はずっと冷凍期間だな。冷凍庫で眠ったままだ。


解凍してきたのか?口に色っぽい口紅の痕なんてつけやがって」


会長は忌々しそうに歯軋りをすると、俺の手からトレイを奪ってコーヒーを飲んだ。


解凍??


口紅―――……


そこまで思ってはっとなった。



キリの口紅―――!!