“スネーク”の存在は朝霧から知らされたわけでなく、極道界では結構有名な名前だ。


もちろんその名はコードネーム、通り名のようなものだ。


以前は玄武お抱えの殺し屋だったが、今はどこにも属していない。言わばフリーランスと言うことだ。


金を払えばどんな殺しでも請け負う―――と言うのは噂にしか過ぎない。


一部ではネットの裏情報屋で、拠点は海外、幾人もの人数でグループがあるとかないとか噂も飛び交っているが、




俺は確信している。


ヤツはたった一人。常に俺たちの近くに居る。


そして今回の狙撃もヤツの仕業だ―――と。





実際にヤツの姿を見たものはおらず、その姿は誰も知らない。


姿を知った者は殺されたとか殺されるとか、噂が流れているがどこまでが本当か分からない。


朝霧は―――スネークの唯一血を分けた“妹”だ。


「いい男の頼みであれば、断るわけにはいかないわね」


朝霧は妖艶に微笑みながら俺の唇をそっとなぞる。


「いいわ。引き受けてあげる。ただし期待はしないで。


兄はプロよ。そう簡単にシッポをつかまれる真似はしない。それに私が兄の姿を見たのは五歳の頃よ。それ以来会ってないし写真なんてものないから、顔は分からない」


「分かってる」


俺が頷くと朝霧はメガネを掛けた。会長用のコーヒーを淹れはじめた様子はいつものキビキビしたものだった。


いつものいかにもデキると言う秘書の姿に戻り、俺は踵を返した。





「翔」





給湯室を出ようとしていた俺は、突如名前を呼ばれて思わず振り返った。


手には軽くカップを持ち上げ、


「私は、会長もあなたも、さらには会長の“可愛い”姪御さんの好みを熟知しているの」


とうっすらと笑った。


「それが何か」





「あなたを含めて、彼らの飲み物に少しずつ―――“毒”をしこませていたとしたら?」




俺は目を開いた。


「あなたや姪御さんは頻度が少ないけれど、会長はここにいらっしゃるときは毎回決まったブランドの決まったコーヒー豆を召されるの。


誰が一番効果が現れるのが早いでしょうね」


愉しむように薄く笑って、


「スペシャルドリンク♪」カップを軽く掲げた。


朝霧は淹れたてのコーヒーを一口、口を付け。


「毒・見」


悪戯っぽい笑顔が、妖しく輝き―――



その笑顔が妙に色っぽかった。