「そうだな、よし。

お父さんが趣味で集めている

ネクタイとかどうだろう?

あぁ、妹よ。これは素晴らしい

アイディアじゃないか?」




これは劇であって、

ミュージカルではないはずなのだが。

しかし立石 和馬は歌うように続ける。




「ネクタイを贈られたら、きっと

父さんも喜ぶだろうね。

こんなに可愛い早苗が

一生懸命選んだものなら、特に」




さらりと台本にはない台詞を言う。

アドリブが得意とは言えない早苗は

思わず顔を曇らせ、苦笑いで返した。




こうして劇は、和馬のアドリブを

多数含めはしたものの、

概ね順調に進んでいった。




一旦背景が変わるために照明が落とされ

舞台袖へと引っ込んだ早苗は、

台本とにらめっこしながら

かなりガチガチに緊張している

円香に怒りをぶちまけた。




「なっんなの!あの男!

リハーサルの時は台本通りやってたのに

本番になるとあんなにたくさんの

アドリブ放りこんでくるなんて!!」


「まぁまぁ…それよりナエちゃん、

あんなに緊張してたのが嘘みたいに

生き生きしてたね」


「そう言う円香はガチガチじゃない。

さっきはリラーックス、とか

客は全員かぼちゃとか、言ってたのに」


「あはは、あのときはまだ

出番まで時間があったからねー…

でも、今は余裕ゼロだよ…うぅ。

亮佑たちが見てると思うと…緊張する」




亮佑たち、じゃなくて

直之に、でしょう。

そう突っ込むのはさすがに控えた。

今の円香に余計なことを言うのは

やめておこう。




早苗は円香の肩をポンと叩いた。




「リラーックスよ。

舞台に立てば意外と緊張しないわ」




舞台にスポットライトが照らされ、

和馬に促されて舞台に戻る。