今日は早苗がいつもより素直だ…と

感動しつつ、抱擁する腕に力を込めた。




「っ…ぐぅ」




しかしそんな時もつかの間のもので、

次の瞬間には亮佑の鳩尾に早苗の拳が

うまっていた。




「調子乗んな」


「お前…ぐっ、容赦ないな…」


「当たり前でしょ!」




それは照れ隠しなのか、本音なのか。

亮佑には分かりかねてその場にうずくまる。




「はい、コレ」




そんな亮佑をスルーして、

早苗は券を3枚ひらひらさせた。

今回、亮佑が訪れた目的である。




「明日だよな」




券を受け取り、それをまじまじと見ながら

亮佑は机の椅子に座り直す。

早苗もベッドに腰掛けて、

パンフレットを広げた。




「劇は11時開場で、11時半開演だから。

劇が終わったら、うちのクラスでやってる

お好み焼きの屋台に来てね」


「へぇ、お好み焼きやるんだ」


「あたしは焼かないけど。

円香がハッピ着て頑張るみたいだから

買ってあげてよね」


「俺じゃなくて、直之が

喜んで買うだろーなぁ…」


「ぷっ…確かに」




明日は早苗の高校の文化祭である。

立石が部長を務める演劇部が、

現代版ヘンゼルとグレーテルをするのだ。

早苗は、立石のエゴと贔屓によって

半強制的にヒロインのグレーテル役をする。




立石と早苗は異母兄妹で

立石の父親が亡くなった菜々実の元旦那だ。

夏休みで単身赴任の父親が

一時帰宅していた為、立石の独断により

早苗は立石家に連れて行かれた。

以来、立石 和馬は

ただのシスコンお兄ちゃんと化している。




亮佑は、それがたまらなく心配だった。

ヘンゼルとグレーテルも、

早苗の頑固拒否があったから

現在の台本になったものの、

立石が初めに書き上げた台本は

円香いわく禁断の兄妹による

ラブストーリーだったらしい。

まったく油断も隙もない奴である。