「分かっとったくせに」




誰もいないはずの家で、

突然頭上から降ってきた言葉。

直之が驚いて身体を跳ね上げると、

腰を抑えながら「痛たた…」と呟く

樽澤さんがいた。




「お、お久しぶりです」


「直之とか言ったな。

なんだお前、まーだ磯島んとこの孫に

惚れてたのか?」




樽澤さんは勝手にお茶をいれて

勝手にくつろぎ始めた。

直之もその場に正座し、

樽澤さんのいれてくれたお茶を一口啜る。




樽澤はナツばぁちゃんの

お茶飲み友達恋人未満な存在だ。




現在は腰を痛め、ほとんど落ち着いたが

以前はプレイボーイとして有名で

近所の御祖母様方をメロメロに

させまくっていた。

そんな樽澤さんを本気にさせた

ナツばぁちゃんを、直之は心の中で

すごいと思っている。




「まだ…って」


「若いんだから他の女に

くら替えしてもいいだろうに。

磯島ンとこの孫娘…ぇえと、

円香?だったか?

そんなにイイ女なのか?」




お茶を啜りながら言う台詞ではない。

というより、60歳をとうに過ぎた

おじいちゃんが発言していい台詞ではない。




「くら替えって…。

俺はそんなにコロコロ女を

変えるタイプじゃありませんから」


ちょっとムッとしながら返すと、

ニカッと笑って樽澤さんが言う。




「ははぁん。お前さては、

女を組み敷いたことがないな?」




ぶっ。

直之は激しくむせこんだ。

よかった、お茶を口に含んでいなくて。




「どどど、童貞って言いたいんスか?!

違います!俺は元カノいるしっ」


「ムキになりおって。図星か?

はっはっ、若いってのはいいのぉ」




このジジイ…。

樽澤を一発殴ってやりたい衝動に駆られる。