「杏里ちゃん、ため息って、どんな時に出る?」
落ち着いたトーンが、耳のすぐ近くに聞こえる。
と、同時に甘い匂いが、仄かに鼻をかすめた。
「えっと・・・嫌なことがあったり、憂鬱だったり、面倒だったり?」
すると、楽さんは身体を放した。
でも、まだそんなに遠くなくて。
近くで見ると、なんだか急に楽さんが大人に見えた。
「そっか。まぁ、確かにそうだよな」
人間は、自分にとってマイナスなことがあったりすると、ついため息をついてしまうものだ。
・・・だから、優斗さんは。
「でもさ、それはさ、相手とかその場のせいとは限らないじゃん?」
楽さんは、あたしの隣に座り、足を組み、両腕をソファーの上縁に伸ばした。
そして、顔をややこちらに向ける。
その圧倒的な存在感に退けられつつ、楽さんに
「どういう意味?」
と、尋ねた。
すると、彼は口角の片方をフッと上げた。
ニヤリという効果音が、ピッタリだ。
「自分自身が対象のときも、あるでしょ?
自分にいらついたり、とかね?」
え・・・??
自分に対して・・・?
優斗さんは、もしかして、過去の自分にため息をついたの?
いや、でもそんなわけ・・・なくもない・・か。
そんなことを考えていると、社長室の電話が鳴った。
それに素早く対応する楽さん。
さすがだなぁ………。

