[完]大人の恋の始め方





先生は力強くあたしを抱き込んだ。



「大好きだったよ。今も変わらず、お前を目で追い掛けてる。
あの日の言葉は、全て嘘だ。本当は、杏里が愛しくて、仕方なかった」




先生のばか…。


もう遅いよ。



遅いの…。



そう思っても、心の片隅では、ずっとその言葉を待ってた。



先生の言葉を引きずったのは、まだあたしが、彼に未練があったから。



今ならそう思うよ。



「でも…、もう遅いよな。お前、イイ男見つけたじゃん」



体を離すと、今にも泣きそうな、弱々しい先生の笑顔が、目に焼き付いた。



どんなに先生を思っていても、それは過去のこと。



矛盾してるかもしれない。



でも、あたしは安心が欲しかった。



どこかで、優しかった先生は本物だったって証が欲しかったんだ。




「杏里…、我が儘かもしれないが、ひとつ、お願いしていいか?」




言葉無く頷く。



すると、先生は体を向かい合わせにし、優しい目で、微笑んだ。



「ちゃんと、俺をフッてくれないか?」




こういうシチュエーションを、あたしはドラマで見たことがある。



あの時は、こんな事言えるはずないと思ってた。



でもね、今は違う。



相手を思う気持ちのある人は、こういう事が言えるんだ。



もしかしたら、それが大人…?