【慧side】

 音子は今日に増して可笑しい…いや壊れたか? もしくは記憶喪失か?
 話しかけてもボーっとしてる時もあれば、やたらデートしたい、デートしたい、と言い出す。
 絶対何かあったな。聞いても「何もない」って答えるだけだった。俺は音子が何でも無いって言うから、それを信じるしかなかった。

 ー12月23日の朝ー

 音子が可笑しいのは今も変わらずだった。
 12月15日も音子は可笑しかった。その日は1日デートした。けど朝8時集合だし、必要以上に人前でベタベタするし、場所構わずキスをねだるし…。普通ならあり得ない事だ。
 でもイブの話をするといきなり静かになる…。俺はどこかやるせない気持ちがあった。

 AM10時。俺は起床して24日のイブの為今日は1日準備に使おうとしていた。その矢先―――――――。
 ピロピロピロ~♪ ケータイが着信を知らせた。ディスプレイを見ると音子の文字があった。
 なんだ? まさか明日のキャンセルか!? 一瞬焦りが生じた。

「おう、どした」

 平常心を装って俺は電話に出た。

「慧!? 良かった起きてた~」

 朝からハイテンションな音子が出た。

「今日もデートするよね? 15日と同じ集合場所で12時に待ってるから!」

 は? どう言う事だよ!? 俺聞いてねぇぞ!? てか今日はイブの準備が…。

「聞いてないけど…」
「えっ!? もう私電車乗ってるけど…」
「悪いけど…今日はちょっと…」
「…」

 急に音子が黙った。怒ったか…?

「…来て」

 音子が電話越しに小さな声で何か言った。

「え…?」
「いいから来てよ」
「だから…今日は予定があんだよ」
「来て」
「どうせ明日明後日一緒なんだから良いだろ…」
「ダメ、来て」
「頼むから」
「早く準備して来て」

 俺の言葉を聞き入れない音子に俺はイライラした。なんなんだよ、いつもの音子じゃあねぇだろ!? いい加減にしてくれよ…!

「今日はイブの準備があるから無理なんだ、ごめん」
「そんなの良いから」

 そんなの良いから…? その言葉に俺は怒りが爆発した。

「そんなの良いからって俺達の事だろ!? お前いい加減にしろよ! 何に焦ってるか知らねぇけど俺は行かねぇからな!」
「…っ。来るまで待ってるっ!」

 ブチっ…。ツーツー。電話は一方的に切られた。でも俺は掛け直す事無くイライラして準備もしないでボーっと部屋に1人で居た。

 なんなんだよ…アイツ。何でそんなに焦ってるんだよ…。俺には音子を理解出来なかった。

 -PM22時ー

 あれから俺は何もしないでただテレビを見て1日を過ごしてた。

 ピロピロピロ~♪ 突然ケータイがなった。
 はっ、どうせ音子だろ? 怒って俺を怒鳴りつけて…そして俺がなだめてやれば、アイツは泣いて俺を許してくれる。俺は安易な妄想をしていた。しかしディスプレイを見ると俺の友達の名前だった。

「…おう」
「おい、お前何してんだよ!?」
「は? 何してるってテレビ見てる」
「バカじゃねぇの!?」

 はぁ? バカだと!?

「お前の彼女、家に帰ってないって彼女の友達から連絡が来たぜ!?」

 …は。家に帰ってない…!?

「おい、きいて…」

 ブチっ。俺は電話を切って真冬の空をパーカー1枚来て外に飛び出した。
 家に帰ってないってどう言う事だよ!?

「…っ。来るまで待ってるっ!」

 アイツ…マジで待ってんのかよ!? 何考えてんだよ!?

 待ち合わせ場所は遊園地に行ったとこの近くだから、ここから1時間は掛かる場所だった。
 俺は電車を乗り継いで待ち合わせ場所へと急いだ。

 待ち合わせ場所へ着いた時には11時を回っていた。外はイルミネーションで綺麗に彩られた。
 ふと時計塔へ目を向けると小さく凍えてる音子が居た。

「おい、なにやってんだよ!?」

 俺の声に気付いた音子は顔を上げた。鼻や手、耳まで真っ赤にして、ただ1人で何時間も俺を待ってた。

「来ねぇって言っただろ!?」
「…来てって言ったもん…」

 音子は涙声だった。俺は怒る所か心配で仕方なかった。

「頼むからさ…もう、こう言うの止めろよ…」

 心配で心配で仕方なかった、誘拐されたんじゃないかって…。

「俺…お前に何かあったら…」
「…うん、もうしないよ…。一生…」
「そっか…良かった」

 俺はそう言って音子を抱きしめた。音子の冷え切った体が俺の心を痛めた。
 そして音子の顔を持ち上げてキスしようとした時―――――。

「…もう、デートする事も…しないよ…」
「は?」
「もう、終わりだよ…?」

 音子の言ってる事が理解出来なかった。俺は抱きしめてた手を音子の肩へ持ってきて音子の肩を強く掴んだ。

「…私達終わりなんだ…」
「…意味分かんねぇよ…どう言う事だよ…」
「お別れって事…かな?」

 音子はそう言ってはにかんだ。

「…お別れって…今日来なかった事に怒ってんのか?」
「ううん…違うよ」
「じゃあなんだよ!? 俺は別れねぇよ! お前を離さねぇ!」
「うん…離して…お願い」
「なんかあったろ? 話してみろよ、俺がなんとかするから」
「何もないよ」
「じゃあ何でそんな事言うんだよ!?」
「…もう…タイムリミットなの…」

 そう言って音子は時計塔の時間を見た。もうすぐで24日になりそうだった。

「…何がタイムリミットなんだよ!? 意味分かんねぇ…」

 俺は音子の肩を強く掴んでる手の力が抜けた。

「今までありがとう…楽しかったよ…」

 音子は俺に背を向けて歩きだそうとした。
 俺は音子の腕を掴んだ。

「お前は…俺が嫌いになったのか…。俺と付き合う事が疲れたのか…」
「…っ。う、…うん、嫌い…。疲れたの…」

 ただそれだけ言って音子はまた歩き出した。俺は音子の姿を小さくなるまで見ていた。

 はは…そうかよ…。動く事すら出来ない俺、音子が去ってから何時間経ったのだろうか。
 終電の時間はとっくに過ぎてた。今更パーカーで出てきた事に後悔した。傷付いた心が余計痛んだ。
 音子は終電間に合ったのか…、家で寝てんのかな…。振られても音子の事を考えてた。
 いつしか涙が溢れて来たのだった。そうして夜が明けていった。