「心地いいね…」
「え?」
「ううん、何でもない。」
あなたの後ろが心地よいと感じたのは秘密。会ったばかりの名前も知らない青年は私の心を巧く包んだ。
___キズだらけの心を。
マフラーが風に靡く度、違う場所に来たんだと実感できる。やっと逃れられた。やっと………
ふと、自分がまだ囚われていることに気がついて自虐的に笑う。
ゆっくりと走っていた自転車が止まり、私は自転車を降りる。
そして、見上げれば…
「アパートだ………」
「そんな珍しいか?」
「………ううん、以外と綺麗だなって」
「お前失礼やぞ。ま、でも綺麗なのは当たり前や。築5年やからな………それにな。ちょっと訳ありやから安いねんで、」
「へぇー、訳ありって…虫が出るの?」
「………さぁ?」
青年の笑みにゾクッとした。虫だけは…キライ。
さぁ、と血の気が引いていく。
「嘘や。ま、わからんけどな。どうぞ?俺ん家へ、」
「よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げて中に入る。
すると、すぐに海のような匂いが鼻を擽る。


