僕は手の中の苦無に視線を戻し、軽く息を吹きかける。
すると、一瞬で透明な苦無が黒く濁り、形を変えた。
黒い、蝶に。
ひらりと蝶は飛び立つと、真っ直ぐ苦無が飛んできた暗闇に飛んでゆく。
しばらくして、闇の中から何かが飛び出してくる。
それは、少女だった。
髪を高く括った少女は、何かに取り付かれたように、むき出しの腕を擦っている。
その腕には、黒い蝶が居た。
「それは皮膚を切り取っても消えない、死の蝶さ。」
朗々と、その声はこの空間に響き渡る。
その声は、咎人に死を告げる死神のようだった。
「その蝶は少しずつ蜜を吸う。・・・花が、枯れるまで。」
クスリと笑い、僕はゆっくりと少女に近づく。
しかし、死を目の前にしているにもかかわらず、少女の目には、怯えも絶望も浮かんではいない。
ただ、澄んだ夜の湖畔のような目を、宙に向けている。
その目が、ふいに揺らいだ。
