キオクノカケラ

その人は、私を見ると一瞬驚いた顔をしたが、瞬きをする間に優しい顔になった。

看護師さんに何か耳打ちをしてから

ゆっくりと私のいるベッドに近づき、

さっきまで看護師さんが座っていた椅子に腰かける。


そんな行動を、俯いた顔を上げて目で追う私に、先生は微笑んだ。


「あなたは、神無月詩織さんですよ」


「かんなづき…しおり………?」


それが私の名前なの?


「そうです。保護者の方に連絡を入れておくように言いましたから、すぐにでも迎えがくると思いますよ」


「迎えが来たら退院して結構ですからね」


「あ、はい…ありがとうございます」


ちゃくちゃくと話しが進んで、すぐに先生は看護師さんを引き連れて部屋を出ていった。





神無月詩織、か…



ホントに私は神無月詩織なの……?


自分の記憶がないだけに確信が持てず不安になる。

そんな不安を吹き飛ばすように頭を勢いよくふると

窓の景色を眺めた。


新緑の葉が覆い繁って、太陽が照りつける。

外からはミンミンとセミの鳴き声が微かに聞こえる。

今は…夏のようだ。


外には暑そうに手で風を送っている人や、日傘をさしている人。

みんな、半袖やノースリーブといった薄着なのにもかかわらず汗を流している。


それなのに私が汗を一滴もかかないのは、冷房の完備された病院だからだろう。




しばらく窓を眺めて、そろそろ飽きてきた頃

バンッ

とドアが勢いよく開く音がして驚き、音のしたほうを見ると


外の人たちのように汗をかき、どこか苛立った様子のおばさんが立っていた。


……誰……?


ぼんやりとそんなことを考えていると

彼女はこつこつと私に近づき、腕を思いきり掴み、ぐいっと引っ張った。


「痛っ……!!」


手を振りほどこうとしても、掴む強さが強くてできない。



………怖い



爪が食い込むほど強く捕まれた腕と

その人の怒りに震えている瞳を見て、

ただ恐怖だけが募った。