『帰りは遅くなるけど、ちゃんと飯食べろよ。外には出るな!』



殴り書きで書かれた文字が綴るのは、愛溢れた文章。

それを薫のすぐ目に入るところに置いて、やっと家を出た。




秋の気候は過ごしやすい。
半袖ではとてもじゃないが出れなくなった。

清々しい天気は、夾の気持ちに雨を降らせながらも、さんさんと人々の上に高く存在している。


職場につく。
自分のデスクに荷物を置いてから、更衣室に入った。


白衣を着ると気持ちは入れ代わり、頭の中から空の記憶が消える。

それを密かに臨んでいた夾は、ホッとして仕事に努めた。



「草間さん、コーヒー置いときますね」



黒いマグカップが、横に置かれて顕微鏡から目を外した。


いつものように口をつけたが舌に触れさせた途端カップを置く。



早く帰りてぇな……。



頭に、笑う薫を浮かべる。

彼女のコーヒーは、夾にとって数量の狂いもない味わいだ。


部下が煎れてくれたコーヒーは、前まで飲めていたのに自分には甘すぎて、夾はまた顔を歪めた。